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月曜日に歩いて・・「次」は金曜日だった [日常]

地震の話ですので、パスする方はパスがよろしいかと思います。

2018年6/18、朝の歩きを終えて朝食を済ませニュースを見終わった頃、居住の市は震度6弱の揺れに遭いました。(あれから1ヶ月です・・時が経つのは早いものです。)

あの時、自室に珈琲と水を入れたマグカップ2個を持ちPCの前に座り電源を入れたところでした。最初は何かの冗談だと思い、顔は笑っていたのではないかな・・誰だ?家を揺らしているのは?と独り言を言っていたように覚えてます。「これはきっと悪い冗談だ」とも呟いていたのを覚えてます。


目の前の本棚が倒れてきました。私は禿ですので頭部への外部からの衝撃にはクッションらしいものがありません。手で頭を守り、揺れが収まった時は、書籍やケーブル類などの下敷きになった状態だったと思います。ほぼ毎日歩いているし、まだ67才だからセーフだったのかも知れません。

自室は2階です。「おーい大丈夫かぁ」と階下の家人宛てに大声を出しても階下からは返事がありませんでした。身体を覆っているものから這い出さなければと、ゆっくり頭を上げますと頭は上がりましたので、頭部には重いものは被さってないようでした。

後で考えますと、家の中の物の倒れ方から、我が家では揺れは東西方向だったように思います。

電気と上水下水は大丈夫でしたが、ガスが不通になりました。開通まで4日間を要しました。でも、ガスが使えるって幸せなことです。これで大体元の生活に戻ったかの4日目は米の精米に車を出しました。向かう先は同じ市内ですが比較的被害が報じられたところです。途中の道はそれほどの渋滞もありません。道路も傷んでいないようです。揺れたのは我が家だけだったのだろうか・・。(ラジオによると、平時、自分は行政の長であるとご自分で強調される方は4日目に来たとか。ラジオ放送のパーソナリティの某氏は「今頃来てもなぁ」と。)

 


今思い出すと不思議なこと・・あの朝、地震の4時間前、歩きのコースの公園に入りましたら、以前に書いたキツネか、少し小ぶりのキツネ(子供?)が目の前の30mくらい先を右から左へ横切りました。横切った後、草むらから私を見ていたので、「おはよう。何しているんだよ?」と声に出して問いかけましたが、ただ私をじっと見ておりました。(じいさん、数時間後に気をつけな、と言いたかったのかな・・そうだとしたら、有り難う、ね。)


さらに公園の外周道路を歩いていたら、(今は関係が良くない)カラスが暗闇の中でやけに騒々しかったのを思い出します。彼等も互いに連絡を取り合っていたのか?


今年は近所でもツバメをほとんど見かけないなぁと家内で話していたところでした。雛がカラスに食べられた一昨年以来、ツバメの姿を見るとつらいのですが・・。でも、今年は近所で飛んでいる姿さえ見ないなぁとも話してました。もし一昨年のように我が家のガレージの出入り口の上の壁面でしたら、揺れで巣が落ちていたと思います。これも彼等の予知能力なのでしょうか。


800年に一度の20数年前の震災の時はアパートの8階でした。その時はアップライトのピアノが数センチも浮き上がったくらいの揺れでした。陶器類はミスター・*ーナツの景品のカップなどの景品や安価なもの数個を除きすべて割れたのを覚えてます。私は次の日から関東へ片道切符みたいな仕事で出張し、家庭内の片付けはほぼ家内が担当しました。年齢は40才代半ばでしたからまだ頑張れました。観測と記録が開始されてからの最大の揺れだという今回は、食器類は6割くらいは残りましたが、結構な数が割れてしまいました。私は68才で同学年の家内も67才。その陶器類、ガラス類の片付けも、自室の片付けもゆっくりと、でしか出来ません。


以来、「なんだかなぁ」が私と彼女のため息とも言える独り言の毎日です。


それでも、彼女には少し励まされることもあったようで、地震から3日目、家内が出た東京の学校の同窓会から(地震当日の)18日の消印のはがきでの「地震お見舞い」が届けられました。はがき1枚でも、これには随分と勇気づけられて嬉しかったようです。


 



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