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アマチュア無線技士従事者免許証再交付申請 [アマチュア無線]

約40年前、結婚したばかりの家内は私の趣味に付き合わされ電話級(現4級)のアマチュア無線技士従事者免許取得の講習会を受講して取得しました。当時の講習会は(確か)1日でも休むと失格扱いになったと思います。講習会の途中、家内の祖母が亡くなり、遠隔地であった葬式には出ずに講習会を修了させたと記憶してます。

家内は文系です。電気工学などは全くわからないと、講習会の日の夜は随分と質問を受けましたが「俺はさ、アマチュア無線”通信士”だから」と逃げ回っていた私でもありました、です。講習会の内容、修了試験も結構厳しかったようだと覚えてます。(私は国家試験で取得です。)

それから家内は家事、子育て、4度の転居、(火宅の)夫を相手に、等々、長年奮闘する訳ですから従事者免許もどこかにやってしまいますよね。コールサインも最初の5年で失効してしまいました。

今回のD-Starの運用では、将来的には自前のアクセスポイントは持ちたい、ですから、社団局の申請をした方が法には適ってます。今、住んでいる市、町には気軽にお願い出来る知人も親しい友人(アマチュア無線家以外も)も居ないし・・そうだ奥さんはランセンサーだったのだ、です。

「これだけでいいの?」という申請書への記入でした。でも、申請書のプリントアウトにあっては「オリジナルサイズで印刷する」としませんと、PC任せにしていたらリサイズされる場合があるようですので、ここは留意した方がよろしいようです。確か申請書の注意事項とは別のところに「申請書印刷時の注意」が書かれていたように思います。総務省の該当ページはよ~く読むように、ということなのでしょうね。

当然、今回の申請書記入は私の代筆、添付の収入印紙代金は私持ち、もし無事に従事者免許証が来たら、それはあっさり奥さん行きです・・。

無事再交付されましたら、また書きます。

その後のデジタル通信(5) [アマチュア無線]

番号が飛んでおりますが、まぁ気にしないで下さい。

wires-x・・しばしの別れです。(こんにちは、D-Star。)

これよりD-Starです。1ヶ月ほど付き合ってもらったWires-xでした。1日の内、ほとんどの時間を聞いておりましたが、皆様の話の断片を繋いでみますと「通信の秘密」が保たれてはいないような疑念を抱いた時もありました。私一人だけの疑念でしょうから「お前、小説の読み過ぎだよ」と言われれば、そうだろうなぁです。でも、ノードtoノードも第三者に漏れているとの前提で交信をした方がよさそうな気がします。証拠はありません、全くの私見です。

でも、毎日楽しい日々でした。しかし、私の人生に残されている時間はそう多くもない筈ですから、同じくデジタル通信の、未知のD-Starへ移行いたしました。多くの方々はwires-xとD-Starを同時にされているようですが、私はそんなに器用ではありませんので、1つづつです。

ID-51というハンディ機を入手しました。最寄りのデジタル・レピーター(デジピーター?)は例の自作の6エレ八木を(手で持って)振ってやりますとフルスケールで入ってきました。多分、こちらからもそこそこの信号強度でいく筈です。「この地域に果たして使えるデジピーターはあるのか?」と懸念していた事がクリア出来て、まずは一安心です。

旧知のアマチュア無線局のご教授(電話を数時間も繋ぎっぱなしで!)もあって、箱を開けて数時間で最低限のことは何とかなるようになりました。この辺りがD-Starの方がハードルが低いということでしょうか。しかし、一人では時々「Deleteのボタンはどれだっけか?」などと基本的なところで立ち往生はしております。

wires-xでは経験出来なかったノード運用みたいなターミナルモードという、電波を使わない交信もすぐに開通致しました。先ずはホーム無線LANでネットと繋がっている1番身近なPC(これ、です。)で設定をして実験してみますと、開通しました。(無線LAN親機のポートの開放などの作業はありましたが。)

d_star_hm.jpg先々月の機種変更以来、浪人?していたスマートホン(Android4.2)にICOMのソフトをインストールして無線LANで繋いで子機で使いましたら、無事、動き?ました。家庭内のモバイルセットの出来上がりです。(ただし、ソフトを立ち上げたままにしておきますと、バッテリーの消費は”超速”です。2又のマイクロusbでの充電しながらの運用になるだろうな・・。)

故郷の局とはGPSでは500Kmの距離です。毎朝コールサインを言いながら「おはようございます」なんて挨拶が出来る日が来るとは思いもしませんでした。


430MHz 7エレ八木 [アマチュア無線]

カンバック・ハム・・訳もわからずデジタルに挑戦・・読んでも為にはならんですシリーズ・・3(工作篇)

副題が長くなってきました。あちこちに”逃げ”を設けだしているのかも(?)

430MHzのアンテナをいろいろ実験をした結果、性能的には、

自作6エレ < 昔のマルドル3エレ 

となるようです。なんとも悔しいのですが、古いとは言え、さすが製品版です。このマルドル八木は今年の2月にBSの受信の調子が悪くなった時(グラミー賞の授賞式中継当日でした・・なんでさぁ!よりよってこんな日に!・・グラミーとアカデミーの為に1年待っているのに~)天井裏のアンテナのブースターを点検した時に、ひょいと横を見ると430MHzの3エレがあったのです。13年前までの第一次アマチュア無線史の最後の10年くらいは1.2GHzオンリーで、430MHzなんて出もしなかったのになぁ・・なんでマルドル3エレを持っていたのだろうか?今これが430MHzのノード局とのやりとりの基準アンテナになっています。時に不思議な事は起きます。

今、使用させていただいているノード局まで4~5Kmです。こちらは5Wです。ところがこの地では時間によってはノード局の周波数(430.70~430.96くらいまで)と同じ周波数に、会話から推察するとdumpカーで、車体の大きさと同じく出力もハイパワーです。まさにdump!!なのですが、近場を通過された時は諦めるとして、遠い時は、何とかかいくぐりたいな、ということで、マルドルの5エレなどを狙ってYahooオークションで入札を繰り返しましたが、アマチュア無線関係品のオークションでは12戦11敗の成績です。

私の「一度手垢が付いたら半額さ」という価値観は現代では通用しないみたいです。「サビが出たアンテナに皆さんそんなに出すのぉ~・・」。悔しがっても仕方がないので、いつか落札出来ることを願って、とりあえずは自分でやってみようシリーズで製作することにします。

今回は7エレ八木です。材料のエレメントとブーム関係はホームセンターで入手。一部、ラジコン部品からの流用ありです。参考にさせていただいたのはネットの記事です。ケーブルは相変わらずの7mの気にしないケーブルです。(工作場所は例のアジトです。)出来上がりは何だか”いい感じ~”です。

手で持って測定しましたら、やっと

マルドル3エレ < 自作7エレ

になりました。

7ele_430_1.jpg最初は、カーテンレールにぶら下げていたのですが、横を通る度に頭に引っかけます。禿げている頭にはつらいので、リビングのテレビを置いているコーナーにぶら下げました。後ろの額と皿は家人の旅行の思い出の品らしいです。熊の小さな人形も家人がテレビの上に置いたものです。

家人曰く「見栄えがワヤやわ~」・・はい、すみませんです。しかし、信号は安定してます。

同一場所の測定ではないのですが、ノード局の信号は

自作6エレ:S=5 < マルドル3エレ:S=5.5 < 自作7エレ:S=6

の結果になりました。

その後のデジタル通信(2) [アマチュア無線]

サブタイトル・・老害か?

3月中旬、引き続きワッチの時間が多い状態が続いております。しかし、このブログのどこかに書きましたが、カンバック・ハム(再開局)にもの申す、という若い人の気持ちもわからんでもないなぁみたいな運用を耳にする機会も時々あります。

コールサイン的には大OM(恐らく私より10才は上だと思いますが)局の「連絡用に俺が使うのだから」という雰囲気が”大”の、送信もよく聞きます。大OMから大OMへの呼び出し・・携帯を使えばいいのにね?!・・う~ん、一種の老害ですな。早く引っ込んでくれと願うばかりですが、反面教師とすべきですなぁ。(こんな局に限って、外国からの日本人局にはよく食いついておりますなぁ・・。いたよ、以前の会社にこんな人って、いたいた。あっ、別に外国からの局が悪いとは言っておりませんので、これは念の為です。)

こんな交信が始まった時は、ヘッドホンを外して、受信ランプが消えるまで放っておきます。

若い方でも好感が持てる方はいらっしゃいますね。ある時のその若い方の交信相手の方は、私の想像ですが、年齢は私と一緒くらいの、脳関係の突発的な病気の後遺症で言語が少し不明瞭になったのではないかな。ご自分でもそれらしい事を言われていたように覚えてます。じっと聴いている私でも内容が時々わからなかったのですが、相手をされたその若い方は、わかりますよ、オール了解ですよと励ますように交信されてました。私、このような若い方は大好きですね~。滋賀県長浜から出ていらっしゃるこの局といつか交信したい、のが、私のデジタル通信での目下の目標です。

wires-xは若い人により長い時間を使ってもらいたいですな~。(私のような初級じじいは隅っこの時間=深夜、未明、昼食時?でよかですバイ。)


その後のデジタル通信(1) [アマチュア無線]

(1)と付けましたが、その後は続くのかどうか不明です。

2月に書きました再開局後の初のデジタル交信の後は、上手くいかない日々が続いてました。前の記事で書いた「2段目」が繋がらない状況が続いております。無線機の表示は取り扱い説明書通りだとその中継局に繋がっただけで私の声は載る筈なのですけどね、時々入感するCQを発した局への応答の試みは不成功ばかりです。

声が載ってない?(表現はこれで良いのか悪いのか・・。)

今使わせてもらっているノード局以外で繋がるところは?とリストを手に接続を試しますが、どこも応答はないようです。2~3局は必ず繋がる筈だと思うのですけど、反応もありません。個人用の使用にしているのでしょうね。

まぁしかし、今使わせていただいているノード局なども設備代も電気代も自分持ちですから、完全なボランティアです。有り難いことですので、こちらの問題はこちらで解決をしなければ、です。

先日の米国の会話が入ってきたのは、どこかで米国と日本が繋がってしまったのでしょうね。関東エリアの局が米国の局から呼ばれました。べつの時間に米国の2局が「じゃぁタックスリーテンへ行こうぜ」と言ってました。タックスリーテン???何それ~??

allja_cq_roomにさえアクセスが出来ない日が続いていたのでしばらく忘れてましたが、そのタックスリーテンという言葉を思い出し、ググってみますと、TAC310というネットがあるようですね。DMRというデジタルモービルレディオというグループもあるようです。北米とヨーロッパにレピーターが多いようです。当然、日本は皆無ですね。近場ではフィリピンかな。

2月中はこの様な日々でした。


3月に入り、「どうする・・デジタル・・」の様な状態が続いておりました。う~む・・続ける?撤退??2月から1週間近くもノーコンタクト状態が続いてました。相変わらずヘッドホンをして聞いていたある日、旧知の九州博多の局が呼んでいてくれて・・あれ、どこかで聞いた事があるコールサインだぞ・・ああ、自分のコールだぁ!と応答しますと、彼はd-starの人ですが、私に合わせて、wires-xのアナログでノードに繋いで呼んでくれたようです。同じく博多の違うもう1局(この局もメインはd-starです)とは翌日電話で連絡を取りながらwires-xで話しました。いろいろ実験にも付き合っていただきました。これまで「声が載ってない」と思っていた状態は、実は声は載っておりました・・のを携帯経由で自分の声を聞いて確かめた次第でした。

ということは・・応答を試みた局にはしかとされた??タイミング悪かった??(皆さん優しい方々だからタイミングでしょうね。)

自信が出来るとそれが電波にも出るのか?翌日、郷里の局が出てましたので、急いで声を掛けまして、少しの間、話せました。でもその日は朝からネットの状態が悪いように思えました(本部のサーバーがダウンした??)ので、交信時間を短くした次第です。でも、故郷の局と交信が出来るのは嬉しいものです。

その翌日だったか、その局を横浜の局が呼んでいました。私は他の事をしながら彼らの交信を聞いていましたが、どうやら横浜の局は私の郷里の同じ区の出身のようです。年は一緒くらいかな?など想像しながらでした。2局の交信が終わったので少し間を置いて、横浜の局を数回呼びましたが、応答はなく、また次の機会を待つことにします。う~ん、この辺りが電話ではないでのもどかしいですね。

相変わらず傍受だけの日々が続きました。なんか、つまらんな~病が復活?

しばらくしたある日、少し夜更かしをしてましたら、突然、あの横浜の局がcqを出されてました。えっ!?急いでいつもお世話になっているNODE局にコネクトして呼んでみましたら、あちらからも応答がありました。(やった~!)

一応の目安の交信時間15分一杯に話せました。私より8才上であること、ご実家は私の実家があったところより500mくらいの場所であること、などを話し、次回の交信を約束してのお別れでした。

いや~、久々に顔が紅潮しました。(がらりと変わった心境で)デジタル・アマチュア無線は楽しいなぁと実感した夜でした。

何と言うのでしょうねぇ・・選んだ人生の都合で故郷を離れた地に住んで、結局はそこが終の棲家になりかけている・・普段の生活は、それなりにやり過ごせば出来るのですけど、望郷の念は年々増していくのかも知れません。

マイ・ノードを持つ・・・・か???

430MHz 6エレ八木アンテナを自作する・・その2 [アマチュア無線]

カンバック・ハム・・訳もわからずデジタルに挑戦・・読んでも為にはならんですシリーズ・・3

6ele_2.jpg2階の部屋のカーテンに自作6エレ八木をぶら下げますと、ターゲットのノード局の3だったSが5位まで上がりました。(このノード局では2段目がすんなんり繋がります。)disconnectもないようです。



6エレカーテンレール・アット・2階の運用が始まったの日曜日の夜には、新たに3局と交信が出来ました。デジタル(C4FM)はなかなか面白そうです。携帯などでテザリングしてネットにつないだスティックPCとノード接続キットにダミーの無線機?ライクなマイクを繋いだのを接続したら、いつでも快適にデジタル交信が出来る小ぶりな運用キットと見受けられる記事もネットで見ました。現代のウォーキートーキーですね。

d-starはレピーターも整備されているようです。これも面白そうですけど、当分C4FMで頑張って、アンテナを更に2エレメント増やして8エレ八木を自分で作ってノードへの接続を安定させてやれば・・今以上の出費もなくて平和に(何が?家庭内ね。)カンバック・ハム・ライフも「いける」のではないかな・・?

しかし、過日の北米のwires-xで聞こえてきたニューヨークの局の「聴き始めたよ」の開局宣言は、まるで彼の部屋にいて珈琲を飲みながらの会話みたいな、そんな臨場感のあるデジタルボイスでした・・まぁ出来れば「彼女」の部屋の方がベター、ベストですが・・。

デジタルボイスはすげえ、でしたが、同時にですね、何故か、ダイレクト波によるQSOにこだわる方の気持ちも逆によくわかったような気がしました。CDなどのデジタル音源とアナログのレコード盤の違いなのかな・・う~ん、例えは難しいな。

今回のいろいろ見知ったことは(DMRなどの話)はまた書きます。


430MHzのバンドプランではVoIPの周波数帯で、昼間に移動局FMの数グループが出てます。ノードの周波数ズバリが数グループあります。本来の広帯域の電話用の周波数はガラガラなのに・・というのが気にはなってます。まぁ皆さん、午後4時過ぎに仕事が終わるようですから、夜の空は安定コネクトです。こちらは夜にやれば(でも、眠いな)良いのですが・・。

430MHz 6エレ八木アンテナを自作する・・その1 [アマチュア無線]

カンバック・ハム・・訳もわからずデジタルに挑戦・・読んでも為にはならんですシリーズ・・2

2/28にデジタルwires-xで他局に繋がったのは、あれはビギナーズ・ラックの典型だったのだろうか・・以後の5日間は全く「声」が通らず(?)、デジタルと格闘しておりました。先日も、使わさせていただいた、自宅で一番強く入感するノード局へは繋がりますが、2段目へのコネクトが出来ませんでした。取説では最初の時点でallja-cq-roomへのコネクトは完了している表示なのでそのまま声をだせば行く筈なのですが、声が乗らない(=こちらの送信を受け付けてない?)ようです。

なんで??

FT1Dのwires-xのpdf.fileの取説を見ては、とりあえずやってみる、を繰り返しておりました。「なんかめげるよね」とは独り言でした。この局以外のデジタル・ノード局はサーチを試みますが1局も入感しません。

4日目に、ついに年下だけどアマチュア無線では大先輩の知人に泣きの電話を入れました。私「なぁ、うちのwires-xはさぁ、先にいかないのよね-。」、彼「そちらの送信が弱いのじゃない?」、私「そうか、こちらは目一杯の5Wだもんね。向こうの送りと一緒に考えると駄目かな?向こうの出力は大きいのかな??でも、大きいと電気代も掛かるから、常識的には出してないのじゃない?」・・私の「常識的」は時々、世間では、それは非常識だよ、と言われますが。古くからの1アマ(和文欧文の電信の送受の実技ありの時代の人)の彼に訳のわからない事を言う私・・。

むかーし(昔)、9600bpsのパケットのRBBSのホスト局の運用を任せられた(シスオペという名でおだてられて。ま、体の良い押しつけだった、が正解かな)時、1Wの1.2GHZのトランシーバとNECのPC9801を24時間稼働させると、家の電気代は1ヶ月で5300円上がりました。そうすると、20Wなどでノード局を24Hr解放運用していたら、結構な電気代ではないかな?ならば、5W、出来れば1Wの環境で動かしたい筈ですよね。確か、ノード局の送信出力ってほとんど載ってなかったと思うのですが・・。

想像ですが、お洒落なレストランでお洒落なランチを食べていた最中であるよ風の彼に掛けてしまった電話。時間をずらしてかけ直した夕方の電話での彼のアドバイスは、私の送信出力が弱いのではないか、ノード局に届いてないのではないか、が結論でした。う~む・・あんたのHFは1KW・・私の430MHzのC4FMは5W・・あんたがHFで送信すると近所を飛んでいた鳥が数羽落ちるかも知れん・・けど。彼にはこのブログの存在を教えられないなぁ。


確実な方法は、「出力が1Wです」と備考欄に載っているノード局の電波がある程度の強さで受かれば、こちらからの5Wは間違いなく届く、ということになる筈です・・(ケーブルでの損失、アンテナのミスマッチング?でのロスも考慮して・・それでもたぶん1Wは出ているよね~・・?)

今のシステムは1階のリビングのカーテンにぶら下げてた3エレ八木と細い3d-2vの7mでのFT1Dです。このアンテナを2階の部屋のカーテンレールにぶら下げて10mの3d-2vで引っ張ってサーチしたら、S=1~3くらいの、いままで受信出来なかったノード局が3局ほど受信出来ました。connect可は2局。じゃあさ、デジタルだから受かって復調?さえ出来れば、音質は変わらない筈だし、Sをあと2つくらい上げれば(丼勘定頭での理想はS=5位)、connect状態を継続する信頼性が増すのではないか、と思った訳です。

となると、(これでいいやのケーブルは置いといての)解決法はアンテナですね。今は(屋根裏から突然出て来た)マルドルの3エレです。倍の6エレにしてあげれば、あるいは受信の信号強度は上がるかも知れません。私の、デシベル計算などややこしい事には拒否する単純な頭での丼計画です。しかし、自分の工作の再現性には過去からずっと疑問を持ってますから、まずは完成品を探してみようですね。

ネットを見てみますと、1メーカーの10エレが販売されているようです。でも「明日、配達」なんてありません。配達まで3~4日掛かると書いてあります。「3日も待てないな~・・自分で作ってみるか・・」。相変わらず、気は短いです。

過去の、短気に若さが重なっていて横の部屋では赤ん坊が泣いていたアパート1室での工作は結果が悪かった・・と、短気は相変わらずだけど、あの頃の赤ん坊は嫁に行った、の老いをブレンドした今の工作はどうなる?か、今は工具もアジトに行けば揃っている(ウフフフ)という自分史の変化に掛けてみよう、です。

しかし、むか~し(昔)、300オームのTVのフィーダーで144MHzのJ型アンテナ位は作ったような覚えがありますが、八木アンテナなんて作ったこともありません。

44才からのこの20数年の趣味はラジコン(空モノ全般。この10年は電動のみ。ただし、ヘリコプターの3Dは出来ません。ジェットとドローンはしません。)でしたから、アジトの材料のストックを見ると3mmの銅パイプもステンレス棒も手持ちがありました。10mmx20mmの角材も見つけました。土曜日の夜中から、アジトでの工作が始まりました。エレメントの固定は片方はロッドストッパーで、反対側の(比較的ゆる)留めは模型エンジンのシリコン製の燃料パイプを切って使いました。BNCのメスは翌日配達可能品をポチりました。(込み込みの600円くらい。電気街までバイクで往復しようと思っていた計画は高速代だけで1500円以上ですから、サンクス!amaz*nです。)

日曜日の朝は、1~2時間の仮眠だけ。ここ数年は午後8時には寝て、早朝歩くだけの生活だったこのじいさんのこの数日は寝る暇がありませんでした。頭をフル回転させて(それでも若い方の3割ほどでも動けば表彰状ものですけどね。)ます。で、歩きもさぼらずですから睡眠不足で倒れそう~、でも、(すげえ)楽しいです。

6ele_1.jpgアジトから時々出て来ては、昼ご飯は2人前の(はい、奥さんの分も)ちゃんこ風鍋(私の得意な昼ご飯)を作ったりしながら、接着剤の乾きを待っての工作でした。8割ほど完成した時に床に置いて撮った写真には犬も一緒に写ってくれましたが「おとうちゃん、ちらかし放題は、こないだまでヘリコプターやったやん。今度は何ぃ-?洗濯もの干しハンガー作り?」と、言っているようでした。(写真の犬の足下のスケールは50cm出してます。)

コネクター周りの接着剤が固まってハンガーが・・違う違う、自作430MHz6エレ八木アンテナ出来上がったのは日曜日の夕刻でした。




デジタル(C4FM)初交信(QSO) [アマチュア無線]

ft1d.jpg2月某日(最終日ですけどね)、早朝の歩きから帰ってきて、気温は低かったけど、空気は春だったわいと呟きながらテレビのスイッチを入れてニュースに合わせて、ああ、そうだ、前夜見つけたアクセス可能らしきデジタルのノードの周波数を聞いてみようと、リビングに置いていたハンディ・トランシーバの電源を入れて台所でごそごそしてましたら、今日のニュースは海外ニュースばかりかい?聞こえてくるのは英語みたいな言葉ばかりだなぁ・・でも、遠目のテレビ画面には日本人のアナウンサーが喋ってました。

何?この外国語は?テレビに近づいてみますと、外国語はテレビではなくトランシーバからでした。小さな画面に次々に出ているコールサインをPCに打ち込んで追いかけてみますとイギリスとアメリカ東部の局が話してます。えっ?

それが終わると、ニューヨークの局が出て来ました。時間と共に徐々に局のエリアが西の方に移っていきます。最終的には西海岸のサンフランシスコの局まで出てきました。試しにエイヤーと呼んでみますが・・反応はなし。もしここにアクセス出来たら彼らに私の声が聞こえるということ??うそ~!!でした。

朝食が終わり、さーて今日はデジタル通信の見習い日じゃわい、wires-xの取説を見ながらの「お勉強」の開始でした。どうやら、先ほどの試しcallは、全く駄目なことをしていたというのがわかり始め、2つの壁をクリアでしたら、国内の局とでも出来るらしいというのが昼頃に解ってきて、1段目へのコネクトは出来ましたが、もう一つの壁がね。時間が経過・・。ここで、昼ご飯でした。

どうやらその先のルームという所まで行かないと駄目みたいだなぁ・・。「じいさん(=私の事ね)、がんばれ」と叱咤激励をしながら、更にwires-xの説明書を読み進みました。既に、時刻は15時過ぎ。やっと2段目へのコネクトが出来て、いけそうだぜぃと待機しました。どなたか出てこないかな・・と待つこと10分。CQを出された局が聞こえましたので意を決して呼び掛けましたら、折り返しが返ってきました~!(バンザーーイ。)10分ほどの交信を終えましたが、デジタルでは人生初のQSOです。(ちなみに、今月初旬の再開局後の局数は過日のダイレクトQSOの移動局、今日のノード局経由のデジタル局で2局目という・・少ないですね。)

九州の旧知のアマチュア無線家からはd-starにすれば直ぐ出来るよと言われていたのですが、買ってしまったのはC4FM機だったし。でも、このハンディ・トランシーバが何だか小さな玉手箱のように見えてきました。何でこれでイギリスの、ニューヨークの局が聞こえるんだぁ??祝杯のビールを飲みながら玉手箱の労もねぎらってます。


久しぶりの雑誌「CQ ham radio」 [アマチュア無線]

久しぶりに手にするCQ誌です。2017年3月号。読み込むと言うところまでとてもとてもですが、時々パラパラと眺めてます。申請書を出した後「RBBSなんて今もあるの?」とネットを見ていた時に存在を知ったJT65の記事がまず気になりました。

所帯を持ってから20数年間で3回の引っ越しはすべてはアパート暮らしでしたから、まさにアパマンハムでした。自らも管理組合の理事長も経験しますと、昔のCQ誌に連載されていたアパマンハムの記事のようにベランダから釣り竿アンテナなんて出せる筈もありませでした。HFは、当時の記事にあった外国の局がベランダの手すりに給電していた記事には、そうだよなぁ、これが精一杯だよね、でした。

ですからアパート時代は1.2GHzの5エレくらいをこっそり手すりに取り付けひっそり運用するくらいでした。今はアパートではありませんが、敷地は狭くお隣とも近いし、環境としては以前のアパートと何ら変わらないので、また、こっそりと、ひっそりとなのでしょうが、アンテナをうまくチューンしてやれば、JT65だと10Wもあれば海外とのやりとりも出来るようです。これは魅力だなぁ。いやいや待て待て今回の再開局の目的は「声」だろう?Voiceだろう?・・と、2人の私が頭の中で会話してます。


免許の要らない無線をとことん楽しもう、という特集も面白いですね。あのコールサインはどうやって入手するのだろうか・・。中学生から高校生の頃の趣味だったの登山の緊急連絡用に所有していた2chのCB無線のコールサインは「福岡6**0」でした。確か当時の九州の電波監理局に申請して交付されたのではなかったかな。そんな事を思い出しました。
免許の要らない無線・・いろいろな所に移動して運用されているようですね。楽しそうです。

さらに調べると、市民ラジオは全部で8chだそうです。最初は26.968MHzから始まり次は26.976MHz・・って、まさに当時のCB無線のA&Bバンドではないですか!そうそう、出力は500mWでした。今もチャンネルは増えて続いていたのですね。コールサインは昔のコールサインを便宜的に使ったり自分で作って運用しているとか。今、福岡に住んでいれば「福岡6**0」は使えたのか・・ここは福岡じゃないから残念。ただ無線機そのものの入手が難しいようですね。


広告を見ていて、北辰産業(マルドル・アンテナ)の広告がないなぁと思い検索してみますと廃業されているそうですね。最初に横浜の独身寮の屋上に上げたのはマルドルのディスコーン・アンテナでした。それから九州に転勤して結婚し所帯を持ってから4度の引っ越しをしました。都度バラしたままで保管しそのまま次に運んで・・、今の家まで持って来ていたと思ってたのですが、今回の再開局を機に探してみましたが、見当たらず、いずれかの引っ越しの時に処分してしまったようです。144MHzと430MHzでワイドにフラットなSWRで優秀なアンテナだった記憶です。安価で意欲的な製品を出していた会社だったと覚えてます。

再開局後の初交信 [アマチュア無線]

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カーテンレールにぶら下げた3エレ。

2/19正午頃、再開局後の初交信(QSO)が出来ました。局免許状を手にしてから約10日後です。相手をしていただいたのは山への移動局でした。この数週間、日曜日にコールサインを聞いていた局です。RSレポートの後に「何とか何とか」と言われてます・・何だろう??コンテストなのかな?

各局にサービスをされているようです。でも、私の設備は5Wハンディと室内3エレですので、地上の各局は聞こえません。各局からの応答も大体終わったかなというところで、意を決して呼んでみました。折り返しで聞いた私のコールサイン・・何だか嬉しいなぁ~・・顔も紅潮します・・こちらからの信号は59だそうです。あの「何とか何とか」とは、山に移動している局と交信すると点数が付与されるSOTAという世界的な組織があるそうで、その移動した山に付けられた呼称だったようです。何しろ、少し前まで山より川より海より「巷」を走り回っていた男ですから、そんな世界があるとも知りもしませんでした。

QSO完了まで家人に作るのを待ってもらっていた昼食はサンドウィッチでした。再開局後の初QSO完了記念ですので(昼間っからだけど、祝杯で)ワインも。あれー?これを書いているのは翌日の朝ですが、普段は前日の昼食は何だったけ??と思い出せないのに、今回はすんなんりとサンドウィッチとワインって思い出せました。うーむ・・昨日は喜怒哀楽の喜と楽のメーターの振れ幅が大だったですもんね。やはり人の生活には喜怒哀楽は必要なのだなぁ、と。(大好きな漫才コンビのサンドウィッチマンに敬意を表してサンドウィッチの表現を使いました。)

2017年2/19という日も、イベントとして記憶に残る筈です。。

あのー、どなたかのブログで読んだのですけど、他人同士の交信を聞きながら総務省の局検索で「こいつ局免切れているぞ」とか「認可された以上のパワーに違いない」など呟いている方もいるようです。私の局免許状は2月初旬に交付されてます。先週、電波利用税も向こう5年分を納付しました。でも、昨日現在、総務省のデータベースには私のコールサインで検索しても何も出て来ませんが、アンカバー(不法無線局=undercovered)ではありません。

今日、何十年ぶりに読む「CQ誌」2017年3月号が送られてきます。楽しみです。


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